2011年3月16日〜31日
3月16日 アキラ 〔ラインハルト〕

 ルイスから新人の話を聞いた。

「客がやつを見て“なかなかうまそうな体してるな”って、やつの胸を軽く叩いたんだよ。そしたら、やつは“おじさんもかわいいよ”って、客のハゲ頭をつるっと撫でたんだ。まいったぜ」

 ほかにも若い客を冷やかしたり、尻を撫でたり、客のワインを飲んじゃったりと問題行動があるらしい。

 めまいがした。ムセイオンは何を教えてるんだ? というか、なぜこのレベルの男がヴィラに来た? 返品交換はできないのか。


3月17日 ルイス 〔ラインハルト〕

 毎朝、オフィスのシャワー室から、新人の鼻歌が聞こえます。

 彼はなぜか朝、オフィスのシャワーを使うのです。そして、ラインハルトがくると、「おはよう」と濡れた頭を拭きながら出てきます。

「朝から採れたて、どう?」

 ラインハルトのデスクに座って、股間を見せつけます。ラインハルトは「お、新鮮なトマト」とハサミを取り出します。
 さすがに新人は飛んで逃げますが、

「甘くてジューシーだよ。一度食べるとやみつき!」

 ラインハルトが肩をすくめて笑い、アキラは憮然としています。


3月18日 ルイス 〔ラインハルト〕

 今朝はにぎやかでした。朝からアキラと新人が喧嘩です。

「朝から、きたねえもん見せるなって言ってんだ」

「べつにおまえに見せちゃいない。勝手に見て、さかったっておれは知らん」

「さかるか!」

 ラインハルトは涼しい顔をしてそれを眺めています。彼が原因に違いないのですが。
 ついに新人が

「おまえがこいつのオトコだってのか」

 アキラはぐっとつまりました。

「上司だ」

「じゃ、関係ないな。放っておいてもらおう」

 新人はラインハルトに言いました。

「おれはあんたに惚れた。絶対モノにするぜ」


3月19日 カシミール 〔未出〕

 カーク船長が来てから、デクリア内が不穏だ。
 あのどあつかましい大男はしょっちゅう裸でラインハルトを口説いている。
 するとアキラが不機嫌になり、おれたちへのチェックも厳しくなる。

「キーレン、犬のカウンセリングの時間が短い!」

「ニーノは自分の仕事の愚痴を犬にこぼすな!」

「レモン、シャツのボタンをとめろ。おまえの胸毛なんか誰も見たくねえ!」

 おれには小言は飛んでこないけど、新兵時代みたいでちょっと緊張する。
 はやく、丸くおさまってくれないかな。


3月20日 ルイス 〔ラインハルト〕

「オフィスに帰るのが、イヤになっちまいますよ」

 カシミールがおれにこぼしました。
 ほかの連中もそうらしく、オフィスは今、キルハウスと呼ばれています。オプティオの鋭いマシンガンが襲ってくるからです。

 おれも気になっていますが、アキラの気持ちもわかるのでなかなか言えません。こういう戦いの時のオスの動物は何か言っておさまるものでもないし。
 でも、カシミールは言いました。

「ラインハルトはずるいと思うんです。ふたりとも相手にしてないくせに、いつまでもやらせておいて」


3月21日 ルイス 〔ラインハルト〕

 おれはラインハルトに言いました。

「なにがおこってるか、わかってんだろ。ケリつけてくれよ」

 ラインハルトは笑いました。

「おれの問題じゃない。やつらが勝手にしてることさ」

 こいつ、と思いました。彼はやっぱりアキラの気持ちを知っていたのです。
 腹がたちました。おれが彼に惚れてるのもわかってんですから。

「おれがどうこう言ったっておさまるものじゃない。ふたりとも刺したりする男じゃないし、心配すんな」
 
 ぜんぜん問題意識がありません。そうでした。ラインハルトはこういう男でした。


3月22日 ルイス 〔ラインハルト〕

 おかしな噂が聞こえてきました。
 カーク船長がヴィラの幹部の親戚だというのです。隠し子か遠戚かなにかで、そのツテでヴィラにやってきた、と。

「やつがケンソルと飯を食ってるのを見たぜ」

 とニーノが言いました。
 ケンソルといえば、ヴィラの人事を担う大権力者のひとりです。

「ありゃ、ヴィラ側のスパイじゃないか」

 などという声も聞こえだしました。

「だって、この人不足にふたりも新人送り込んでくるっておかしくないか」

 アキラの顔色が目に見えて悪くなりました。彼は出世したいのです。


3月23日 ルイス 〔ラインハルト〕

 表面上はなにも変わりません。
 不備があれば、アキラはやはりわめきます。船長もへらず口をたたく。ラインハルトに迫る。
 しかし、ほかの連中は船長に前ほど気安くはありません。

「あのずうずうしさは貴種ゆえか」

 と気圧されるやつもいるようです。ニーノなんか「なんでも聞け」と、いい先輩に早変わり。
 キーレンはアキラの虚勢を嗤っています。

「意地張って、あいつはオプティオどまりだな」

 なんといわれても、アキラは厳しい態度をくずしません。それでも、彼はたしかに折れていたのでした。


3月24日 カシミール 〔未出〕

 オフィスに生真面目そうな、がっちりした感じの男がきた。
 ラインハルトが、あれ、という顔をした。

「ウォルフ」

 男は半裸の船長にまっすぐ向かっていき、言った。

「アンワースだ。ラインハルトとは正式に結婚している。以後、彼にかまわないでもらいたい」

 船長はじっと彼を見返し、肩をすくめた。

「負けましたわ」

 ウォルフはラインハルトに、ちょっと、と更衣室に連れて行った。
 すぐに、パンとひっぱたく音が聞こえた。ドイツ語で叱る声が聞こえ、ラインハルトがいいわけする声が聞こえた。


3月25日 ルイス 〔ラインハルト〕

 ウォルフが去った後、ラインハルトはけろりとした顔ででてきました。

「怒られたぞ。だれだ、やつを呼んだのは」

 みんな知りません。彼はイアンか、とデクリオン室に入っていきました。
 
 しかし、おれはアキラが黙っていることに気づきました。
 ウォルフの来訪中ずっと何も言わず、パソコンのモニターを見たまま、目もあげませんでした。

 おれはその顔を見て、ぎょっとしました。陶器のように無表情。なのに、苦しいものが黒煙をあげて渦巻いているような、なにか凄惨な感じがしたのです。


3月26日 カシミール 〔未出〕

 ウォルフが来て、前よりオフィス内がおだやかになった。
 船長は朝、オフィスのシャワーを使わず、服を着て出勤するようになり、ラインハルトを口説くのもぴたりと止めた。

 アキラのイライラも減ったようだ。減ったというか、少し彼は元気がなくなった気がする。
 時々、ぼんやりしている顔さえ見る。ラインハルトがバカな冗談を言っても、反応がにぶい。

 ルイスは何も言わないが、なんとなく彼を心配しているのがわかる。休みとって釣りでもいこう、なんて誘ってる。


3月27日 ルイス 〔未出〕

 アキラと飲みました。やつには酒が必要だったようなので。
 アキラはデミタスカップみたいな小さい陶器で日本酒を飲みながら、ぼろぼろ泣きました。

「おれはあんなアホアメリカ人なんかに負けない、ケンソルになに言われたって出世できる」

 彼は袖で涙をぬぐって言いました。

「でも、ラインハルトはそうはいえないじゃないか。圧力かけられて、いいなりにさせられるかもしれないじゃないか」
 
 それでウォルフの力を借りたのだそうです。

「おれには守れなかった。ウォルフじゃなきゃダメだった」


3月28日 ルイス 〔未出〕

 アキラはトイレにいったまま帰ってきませんでした。
 倒れているのかと思い、迎えにいくと個室からわあわあ泣く声が聞こえていました。泣かせておくしかありません。

「おまえはよくやったよ」

 おれは言いました。

「ウォルフを呼んだのは、立派だよ。真の勇者だ。結果はめぐりあわせだ。しょうがないさ」

「うるせえ!」

 勇者なんかクソくらえ、と泣きじゃくってわめきました。

「おれの人生は終わったんだ。もう終わったんだ! なにもかもおしまいだ」

 はいはい。
 泣かせておくしかありません。


3月29日 イアン 〔アクトーレス失墜〕

 ひさしぶりにカシミールと食事した。最近の内部事情を聞くためだ。
 彼はウォルフが乗り込んでくるにいたった経緯を話した。

「デクリオンが船長にビシッと言ってくれれば、もっと話は早かったのに」

 おれは苦笑した。

「おなじだろう」

 それに内部のことはアキラにまかせてある。彼は有能な男だ。上から手出しはされたくないはずだ。
 だが、カシミールは冗談めかしてふくれ顔をつくった。

「船長が権力者の親戚だからですか」

 おれは言った。

「もし、本当に権力者の親戚なら、その時はおれが出るよ」


3月30日 ラインハルト 〔ラインハルト〕

 まいった。
 ウォルフの機嫌が悪い。

 べつに浮気したわけでなし、おれが誘ったのでもなし、そんなに腹をたてる必要がどこにあるのか。
 ついにおれも頭にきた。

「いいかげんにしろ! 終わったことだろ。まだなんか文句があるのか」

 ウォルフは憮然と黙っている。だが、「おい」と腕をつかむと、やっと言った。

「おれは、他人に怒るのが嫌いなんだ。自分がイヤになるんだ。落ち込むんだよ」

 おれは吹きそうになった。

「落ち込むな。おれは気にしてないよ」

 彼はキッとにらんだ。「気にしろ」


3月31日 イアン 〔アクトーレス失墜〕

 その日はアキラは半休だったため、午後、彼をオフィスに呼んだ。切れ長の目が腫れぼったかった。飲みすぎた、と言った。

「新人はどうだい」

 アキラはつまらなそうな顔をしたが、

「大きな問題はないです」

「べつに彼はヴィラの幹部の息子でもなんでもないぜ」

 アキラの白目が一瞬、針のように光った。だが、彼はすぐに落ち着きを取り戻し、

「べつにそんなことで評価は変えませんよ。行儀は悪いですが、苦情を言ってくる客はないんです。食事や飲みの誘いさえある。だから問題ナシです」


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